これまでメンタルヘルス対応(以下、メンタル対応)として、一次予防~三次予防を積み重ねてきたにも関わらず、効果が感じられない、難渋事例への対応に限界を感じる人事担当者は多いことでしょう。
その大きな原因は、従来のメンタル対応では「医療的配慮」と「業務的配慮」が区別されていないうえに、医療的配慮が過大に推進されてきたからです。
このような状況では人事担当者はスキル的にも資格的にも受け身とならざるを得ず、本人や主治医に重要な人事判断を委ねることになります。
また、疾患名とその特徴を学んだとしても、疾患ごとの配慮は実際には現場で機能せず、本人の主張のままに配慮をしなくてはなりません。こうした対応経緯が「難渋事例」を生み出す素地となっているのです。医療的配慮は制約条件を明確にしたうえでドクターに任せ、人事担当者は業務的配慮に専念して対応するシステムが必要です。
岡山大学産業医グループでは、10年以上の対応実績をもとに平成22、23年度と厚生労働省の補助を受け「業務遂行レベルにもとづくメンタル対応」を推進してきました。これは、企業に医療の専門職を送り込むのではなく、企業内の既存リソースによって問題解決できるような人事・上司向けの支援です。この対応を手順や書式としてシステム化することにより、これまではケース対応になりがちであったメンタル対応を、原則に従い標準化して運用することが可能になります。
研究では17社の協力を得て、実践モデルの構築およびデータ収集をおこないました。本方式を導入した協力企業からは、「復職基準が明確になり中途半端な復職が消えるとともに、安易な休職が減った」「対応が統一化され労務管理上の効率化にもつながった」などの声をいただいたとともに、データからは業務遂行レベル・勤怠といった業務的観点での改善効果がはっきりと示されました。
本方式は「職場は働く場所である」という大原則に立ち返り、医療的観点からの「メンタルを特別扱いする対応」を抑止します。具体的には就業規則などの既存のルールにもとづき、業務的観点から「当たり前」の対応をすることを推奨するものです。
これにより、医療的観点からの行き過ぎたメンタルケアに対しても、人事・上司が裁量権をもってその採否を適切に検討、管理することができます。いわゆる「難渋事例」であっても、自信をもって原則通りに対応することが可能となります。
真にメンタルに苦しむ社員にとっても早期に復職できれば問題が全て解決するわけではありません。中期的には、きちんと継続的に、同僚からも仲間として評価してもらえるレベルで就業できてこそ、初めて解決することができるのです。さらにはこうした公平な対応は、モチベーションを維持しながら業績をあげている他の多くの社員にとっても、事業者側の対応が納得できるものになります。
「職場は働く場所」であるというのが大原則です。メンタル対応を考えるうえで、本人・家族・主治医・上司・人事・産業医といった多様な関係者の共通認識が重要となってきます。メンタル対応が難しかったり、混乱したりする問題の原点はここにあります。
本来問題になるはずの「仕事ができているかどうか」という視点から離れ、「いかなる病気なのか」ということに捕らわれてしまったことが、さらにメンタル対応を難しくしています。つまり「業務遂行できているか否か」と「メンタルが悪いか否か」を混同してきたのです。
メンタル対応についても、他の労務管理と同じルールに基づいて対応ができる体制を構築し、関係者の役割と範囲を明確にすることが重要です。特に主治医と産業医の専門的な意見をもとに、会社の方針に基づいて人事が最終的な決定をし、三者の裁量権が不要にオーバーラップしないように構成することです。
このメンタル対応の考え方に準拠した対応のフローと書式集で進めていきます。医療の専門家でない人事部門が運用可能な方法を構成します。結果として業務遂行レベルに着目し、ルール運用によるアプローチで、幣NPOがそのサポートを行っていきます。
監修:岡山大学大学院医師薬学総合研究科疫学・衛生学分野 高尾総司